他者のことが語られない違和感
発達障害と言われる方々の自己分析本が世に出るようになってきた。
漫画で分かりやすいものも多い。
読んでいて思うのは、「他者」を自分にプラスに生かす考え方でなく、
「オレ」はこう思ったこう感じた
「オレ」はこうやってきたこういう見方をしている
というような、「他者」を理解できない表現。
報われない
当時迷惑をかけたり、危害を加えたりした多くの通常の人々への謝罪や申し訳なさを感じないものが多いこと。今のところ「すまないことをしたなぁ」と思う、と言うような表現を読んだ記憶が今のところ無い。
先生方は、時間外も使って、いろいろ工夫したりして動いてくれていたはず。
友達も、どれだけその子の行動のために学習時間を削られていたか。
一言でも「申し訳なかったなぁ」と言う言葉があれば、
当時頑張っていた先生方も少しは救われると思うが
きっとそれよりもひどい記憶ばかり残りやすいのだろうか
まず聞かない
のべ時間からしたら、他の学習をしている子どもたちの莫大な時間を奪っているのだけれども。
あってほしいが、そうした思いに忖度はしないと思うので仕方ないが。
声なき子らの学習権
「学習権の侵害だから廊下に出すこと、隔離することは出来ない」といいながら、
学習意欲が無い子を同じ教室に入れているためにほかの子の学習権が相当奪われていることは、もっと問題にあがっていいように思う。
費用対効果
たくさんの子を支援できたはずの支援員を独り占め
部屋を占有
先生方の時間をケース会議でとり
授業時間を潰して本人の話を聞き、みんなは読書や自習
破れた掲示、壊した図工作品、散らかしたり破壊したりした教室の物品たち
その片付け。
被害を受けたことへの我慢の強要。やり返せないことへの我慢の強要。
トラブルの相手先への連絡調整と謝罪
相談先の無い先生。
でも、結局は「授業が悪い」「先生が悪い」と先生が責められる
人間性を否定される罵声を浴びることもある。
感謝もされない。
常時感情的に行動して授業時間を奪ったその子の行動。
どんな行動があっても、先生はその子どもも守る。守秘義務も守る。
ゼロトレランスで警察に突き出すようなことも、
修繕費等を請求するようなこともまずない。
けれども我慢に我慢を重ねた後、堪忍袋の緒が切れた先生の一言が
すぐにニュースになり全国に取り上げられる。
背景を知らない者がコメントして公然と叩く。
これでは先生が病んでいく