起案する学校文化との折り合い

学校から発出する文書は全て「学校としての意見として相応しいか、責任を持って看護として出して良いか」確認するために

起案をし、主幹教頭校長が目を通します。

 

学級便りを毎日出している人の実践をみんなができないのと同じです。

地域差があるのです。

 

今の私の地域は学級便り自体を出していない地域です。学級が一つだけ先走ると文句が出るので学年で月に一枚出ます。教師の負担減少、保護者からの文句の減少、先生間格差の是正などの折り合いです。でも月に一回程度で渡せる情報はとても少ないです。子育て情報にしてもネットに溢れてますからね。

 

で、その一方でオンライン授業やクラスルームによる直接のやりとりです。担任の言動が全て記録できる。保護者とのやりとりが残る。ブログやTwitterのように呟くのも可能。でも保護者や児童と直接の接触は不祥事のため禁じられています。

 

そんな矛盾した中での折り合いを求められているのです。現在は全て起案して投稿します。

 

責任を学校として負うのか、

個人の責任として負うのか、

発言の自由と責任に対する考え方が問われています。